その中には、20代のころに“夜行列車で北海道を一周した旅”の写真や工程表が、しっかりと残っていました。
当時の、今では考えられないような無茶な旅を思い出しながら、久しぶりに“北海道一周の旅”を頭の中で再体験しています。
1回目の記事では工程表や夜行列車の話、そして1日目から3日目までの行程について。
2回目の記事では、この旅に出るに至った理由と、4日目から7日目の様子を振り返りました。
今回は、8日目から11日目(最終日)までの工程と、この旅で感じたこと(その後の人生に影響したもの)を振り返ってみたいと思います。
■8日目(夕張)
特急まりもで札幌に到着し、そこから夕張へ向かいました。夕張では「幸せの黄色いハンカチ広場」へ。
誰もいないロケセットの長屋で、壁に貼られた“いろんな人のいろんな願い”を、しみじみと読みながら過ごしました。
夕張支線の駅は待合室が広いのですが、誰もいなかったこと・かつては栄えたんだろうなと感じたことを昨日のことのように覚えています。
この日は札幌へ戻り、「札幌オリエンタルホテル」に宿泊(3,360円)。このホテルは今でも実在していて、今夏も懐かしいなと思いつつ、横道を歩いてました。
■9日目(再び美瑛 → 急行はまなす)
札幌から、再び美瑛を訪れました。今でも美瑛の丘を巡るのが好きですが、当時から本当に好きだったんだなと感じます。ここに来ると、自然の偉大さと、人の暮らしとの調和が生み出す美しさのようなものを強く感じるんですよね。
この日は美馬牛駅を起点に丘を散歩したのですが、帰りの電車を待っている時の待合室の暖房が温かったことを今でも覚えています。
札幌へ戻り、夜行列車「急行はまなす」で本州へ。寝台ではないクロスシートの夜行で、ソワソワした乗客たちの雰囲気と旅の高揚感でなかなか眠れなかったものの、疲れもあって短時間ながら熟睡できた記憶があります。
あの独特の“ソワソワ感”、もう一度味わいたいです。
■10日目(鉄道で南下 → 川崎泊)
青春18きっぷで東北本線を東京に向けて、ひたすら南下。
そして、川崎駅近くの「スカイコート川崎」に宿泊(4,200円)。
今でこそ綺麗な街並みの川崎ですが、当時は少し“ドヤ感”が残る雰囲気もあり、何とも言えない感情を抱いたのをうっすら覚えています。
■11日目(川崎→大阪)
青春18きっぷで東海道本線を乗り継ぎ、何度も通った道をたどるように大阪へ帰阪しました。
■この旅で感じたこと
20代後半、会社を辞め、「これからどうしよう」と考えながら旅に出た私は、この旅で当たり前のことに気付きました。
「人はひとりでは生きていけない」
「働く人たちがいて社会は成り立っている」
ということを、強く実感したのです。
当時の私は、恥ずかしながら、そんな当たり前のことにすら気付いていませんでした。
この旅の中で、紙の切符を買う。切符には、紙を作る人がいて、印字する人がいて、売ってくれる人がいて、そして鉄道を走らせるために、たくさんの人が働いている。
夜行列車の窓から見える、ぽつぽつと灯りがともる家々。そこに暮らす人たちの生活を想像しながら、「自分もちゃんと働かないとな……」と、少し焦りつつも前を向けた旅でした。
時は流れ、セミリタイアを決断するときも、この旅の経験は大きく役立ちました。「将来、また働きたくなるのでは?」と何度も自問自答しましたが、若いころ、体を張ってしっかり働いた自分を思い出し、「やりきった」と納得することができました。
そして、実際にセミリタイアしてもうすぐ5年。いまのところ、再び働きたいと思うことは全くありません。
断捨離で見つけたCD-Rのデータを眺めながら、おぼろげだった記憶が鮮やかに蘇り、「もう二度とできないだろうけれど、あの夜行列車の旅をして本当に良かった」そう思わせてくれる、大切な旅でした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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